東京大空襲の後、一面の焼け野原。闇市ができ、人々がうごめく。東京の街が深い傷を負いながらも動きはじめた−。今の若者には架空の世界のように写るのだろうか。アニメーションは、戦後の実相をあざやかに描写する。急速に復興していく街の中で、人々の傷はいかばかりのものか、しかも十代前半の少年少女の心の内となると計り知れないものがある。だが、そこに何としても迫ることがこの映画の真骨頂である−と思った。この企画は、確かに戦中という時間の流れの中で命を奪われる惨めさや悲しみを描いてはいない。絵的な派手さはなく、終戦直後の淡々とした生活をつづる物語である。一方的に空爆され、身内を失った人々がどんな気持ちでいたか。どうして生き抜こうとしたかを描こうとしている。戦争を描く映画としては例外ともいえる。
企画の段階で、前作にゆかりの有る方々、映画関係者を含めたさまざまな人たちの意見をずいぶんと聞いたが、戦争が終わった後を描く映画には余り関心が持てないという風潮が強く、長い時間が経過した。しかし、二度と再び戦争を持ち込まない、持ち込ませない、あの悲しみを何人にも味合わせたくないという、戦後を生き抜いた人々の心の叫び、切なる願いは、映画の製作に賛同する人たちを結集させた。そして今、ようやく船出の時を迎えることができた。原作者をはじめ空襲を経験した幼い少年少女たちが、その時代を凛として生きたメモワールは、現代を生きる子どもたちや若者たちの心をつかんで離さないことだろう。
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早稲田大学卒業後、フリーの助監督として深作欣二、山本薩夫、熊井啓、佐藤純彌といった名監督につく。助監督経験後、84年、畑山博原作「海に降る雪」の脚本を手掛け、はじめて監督する。以降、脚本・監督を手掛けた「ドン松五郎の生活」(86)、「BEE FREE」(86)などを経て、88年自らプロダクション会社、(有)サクセスロードを設立。
96年、長篇アニメーション映画「PiPiとべないホタル」、また01年、劇映画「チンパオ」でヒューストン映画祭金賞受賞、03年「ウィニング・パス」
○日本映画制作者協会副理事長
○日本映画監督協会会員
○日本シナリオ作家協会会員 |