あの日から六十年の歳月が流れました。
当時小学校五年生の私が家族六人の死を報らされ、すぐ上の兄とは離ればなれの戦災孤児となったのです。幼いながら生きる戦いが始まりました。どんな苦境に立とうが親の愛を受けて育った者は、曲がらずに一生懸命明るく生きようと思えたのです。
焦土と化した下町が人々と共に立ち上がり、今ではその面影さえなくなり、平和で豊かになりました。そして、一つの私の命が四人の子を産み、五人の孫を授かりました。
この映画は、前回の「うしろの正面だあれ」の続編です。
命の尊さを伝え、強く生きる子どもたちを描いています。
二度と傷ましい戦争がなきよう映画の中のかよ子と共に願いつづけるのです。永遠の平和を。
1933年 東京本所に生まれ、45年3月10日未明の東京大空襲で、家族六人を失う。落語家の林家三平と結婚。夫の死去後、弟子たちとともに一門をささえる。二男二女の母。
【著書】
「ことしの牡丹はよい牡丹」(文春文庫)
「あした元気になあれ」(朝日新聞社)
「お咲ちゃん」(徳間書店)
「うしろの正面だあれ」(金の星社)等多数
東京大空襲の後、一面の焼け野原。闇市ができ、人々がうごめく。東京の街が深い傷を負いながらも動きはじめた−。今の若者には架空の世界のように写るのだろうか。アニメーションは、戦後の実相をあざやかに描写する。急速に復興していく街の中で、人々の傷はいかばかりのものか、しかも十代前半の少年少女の心の内となると計り知れないものがある。だが、そこに何としても迫ることがこの映画の真骨頂である−と思った。この企画は、確かに戦中という時間の流れの中で命を奪われる惨めさや悲しみを描いてはいない。絵的な派手さはなく、終戦直後の淡々とした生活をつづる物語である。一方的に空爆され、身内を失った人々がどんな気持ちでいたか。どうして生き抜こうとしたかを描こうとしている。戦争を描く映画としては例外ともいえる。
企画の段階で、前作にゆかりの有る方々、映画関係者を含めたさまざまな人たちの意見をずいぶんと聞いたが、戦争が終わった後を描く映画には余り関心が持てないという風潮が強く、長い時間が経過した。しかし、二度と再び戦争を持ち込まない、持ち込ませない、あの悲しみを何人にも味合わせたくないという、戦後を生き抜いた人々の心の叫び、切なる願いは、映画の製作に賛同する人たちを結集させた。そして今、ようやく船出の時を迎えることができた。原作者をはじめ空襲を経験した幼い少年少女たちが、その時代を凛として生きたメモワールは、現代を生きる子どもたちや若者たちの心をつかんで離さないことだろう。
早稲田大学卒業後、フリーの助監督として深作欣二、山本薩夫、熊井啓、佐藤純彌といった名監督につく。助監督経験後、84年、畑山博原作「海に降る雪」の脚本を手掛け、はじめて監督する。以降、脚本・監督を手掛けた「ドン松五郎の生活」(86)、「BEE FREE」(86)などを経て、88年自らプロダクション会社、(有)サクセスロードを設立。
96年、長篇アニメーション映画「PiPiとべないホタル」、また01年、劇映画「チンパオ」でヒューストン映画祭金賞受賞、03年「ウィニング・パス」
○日本映画制作者協会副理事長
○日本映画監督協会会員
○日本シナリオ作家協会会員
前作「うしろの正面だあれ」に一人の観客として心打たれ涙してから15年、その続編に関わることになるとは想像だにしませんでした。私にとって初のアニメーション映画製作ですが、すばらしき映画の魅力を皆様と分かち合えることができればと願っております。
昭和20年3月10日の東京大空襲。かよちゃんは、生き残ったきい兄ちゃんから6人の家族の死を知らされます。それは子供の小さな胸ではとても受け止めきれない衝撃的なものでしたが、そこからかよちゃんの「生きるための戦争」が始まりました。
ふたりが一緒に生活することを夢見た東京の街は、辺り一面焼け野が原となり、人々は貧困と不安に絶えず脅かされ、子どもたち、とりわけ身寄りを失った戦災孤児たちは、過酷な運命を強いられます。そうした悲しい事実は、否が応でも二人の兄妹の絆を強いものにしました。家族たちからそそがれてきた愛は、よりいっそう深く心を包み込み、くじけそうになる二人をしっかりと支えたのです。
大人たちに騙されても、心を傷つけられても、かよちゃんは夢と希望を抱きながら、きい兄ちゃんとともに、仲間たちと一緒に生きていきます。その少女のいたいけな姿は、ともすれば萎えがちな今日の私たちに勇気と元気を与えてくれることでしょう。
「平和と愛」という人間の永遠なるテーマに軸にして、それに対峙する戦争の無惨さを浮き彫りにする本映画への皆様の絶大なるご支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。
戦争は、戦場における悲劇にとどまることはありません。広島、長崎の街への原爆投下、東京下町を火の海にした東京大空襲など、その街で必死に生きていた人々の生命を一瞬にして奪いました。
2005年は、奇しくも戦後60年という節目の年にあたります!
東京大空襲でご家族6人を亡くされた海老名香葉子さんが、平和への祈りをこめて、戦中、戦後の体験を綴られた原作を基にして本作品が製作される事は、大変大きな意義があると思います。
私たち戦後世代が生まれた頃には、視界から戦争の痕跡はほとんど消失しておりました。時折、大人たちの戦中の苦労話を耳にすることはあっても、遠い昔の話としてしか受け止められませんでした。しかし、今日の世界や日本の情勢をみると、私たちの父や母、祖父母があの戦中、戦後の悲劇や苦悩を乗り越え、沢山の汗と血と涙を流しながら生き抜いてきたという事実をあらためて考えることが大切だと痛感します。
本作品は、戦中、戦後を生き抜いてきた人々、幾多の「かよちゃん」や「きい兄ちゃん」の思いと生活の息吹を生きいきと描きます。そして、彼らの前に立ちはだかる困難の根元には憎むべき戦争があり、平和がいかに大切であるかということを語りかけてきます。
本作品にかかわる事業を成功裡に進め、是非とも日本の津々浦々で観ていただき、さらには世界の人々にも送り届けて行きたいと願っております。
2005「あした元気にな〜れ!」製作委員会