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第一弾 松山善三氏(原作・脚本)
今、なぜ「依田勉三」か
二宮尊徳翁の名を知る人は多いが「我もまた、生涯荒蕪(こうぶ)の地に埋めん」と叫び、進んで、極寒、瘴癘(しょうれい)の地、十勝原野に身を投げた依田勉三の名を思い浮かべる人は少ない。
時の流れを振りかえれば、明治15年、およそ、百余年の昔である。勉三は「晩成社」なる開拓団を募り、百萬坪の原野に挑む。その志は高く、信念は深く、勉学に励み、夢を追い、真正直に、開拓の一本道を突っ走った。
今ならば、、インド、中東、シベリアに緑地を拓き、アフリカに無数の井戸を掘る。そんな狂気を持つ青年がいるだろうか。
明治9年、来日したクラーク博士は「青年よ、大志を抱け」と叫んで去った。
現代の勉三よ、声をあげろ。
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