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制作意図 はじめに ストーリー

主人公「衛藤健」は、大正生まれの日系二世。
その父「衛藤衛」は、大分に生まれ、関西学院で教師をしていたが、34歳のとき、在米日本人の実態調査のため渡米。しかし、日本人移民たちのあまりにもすさんだ生活に、彼らを救うため、神父として永住を決意。

その翌1919年、カリフォルニアで衛藤家の長男として「健」が出生。しかし、彼は米国人として育った「健」が14歳の時、息子を勘当する。
爾来、109歳で大往生を遂げるまで献身的生涯をおくる。が、1992年の葬儀に、彼の息子は、ついに、顔を表さなかった。

彼にとって「健」は、誇りある明治人の父の息子(のはずだった)。しかし、実は、だからこそ深く傷ついていたもう一人の息子「健」がいた。

生まれながらの米国人である、日経二世の息子たち共通の『トラウマ』。それは、どんなに我が子が迫害されても、白人たちに沈黙している、そんなジャップたちの息子であるということの「屈辱」にあった―という。
だから、息子「健」の誇りは、自ら、どちらの息子でもない「誰か」に生まれ変わらなければ、保ってはいけなかった−のだ。
『モンタナ・ジョーの伝説』が生まれた背景は、そこにこそあった。

「スリム・ジョー」と呼ばれた日系二世の少年は、賭博には絶対に勝たなければならない―という信念のもと、カードのイカサマの腕をみがく。
さらに、第二次大戦中、強制収容所に収容され、そこを抜け出すために、二世部隊に志願。イタリア戦線に出征。九死に一生の命を拾う。

イタリア系人も、日系人同様、遅く来すぎたアメリカ人たちだった。
そのイタリア系人裏社会を勝ち抜いた、『モンタナ・ジョー』という名の日系人マフィアがやがて誕生するに至る。
そのたった一つの事実に、人間の運命というものが、何と深く歴史的現実と絡み合い、決して無縁ではいられないものか、と思わざるを得ません。

それにしても、一体『モンタナ・ジョー』とは、何者なのでしょうか?

大統領諮問委員会の公聴会に、黒頭巾・黒装束で出席する、彼の衝撃的な姿を生み出したものとは、一体、歴史のどの部分だったのでしょう? 現実の近代史に生き、ある不思議な伝説を生み出した実在の人物を通して、善も悪も含めた、偽らざる素顔の歴史を、厳粛に見つめ直したいのです。
それは、これからの国際社会の相互理解にとって必要なことと存じます。
映画『モンタナ・ジョーの伝説』を、心より、『共存の時代』の訪れを願うすべての方々にお届けしたいと、願っております。

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